論文名:OsSYMRK Plays an Essential Role in AM Symbiosis in Rice (Oryza sativa)(イネのLRR型受容体キナーゼOsSYMRKは菌根菌共生において重要な働きを持つ)
本研究成果のポイント
- イネのLRR受容体キナーゼOsSYMRKは菌根菌共生において重要な役割を持つ。
- OsSYMRKは、マメ科植物のSYMRKなどと比べMLDを持たないが、この大規模な欠損はツユクサ類の起源植物で起こったと推測される。
- OsSYMRKはキチン誘導性の防御応答には関与しない。
明治大学と関西学院大学の研究グループは、イネにおけるAM菌*1共生においてLRR*2型受容体キナーゼ*3であるOsSYMRK*4が重要な役割を果たすことを明らかにしました。植物は、自然環境下において様々な微生物に囲まれて生きており、その中には植物にとって害を及ぼす病原菌も、植物の成長を助けてくれる共生菌も存在します。植物は、病原菌に対しては防御応答を誘導しますが、共生菌に対しては積極的に体内に招き入れます。植物が病原菌と共生菌を判別するメカニズムは、未だ分かっていない点が多くあります。
当グループは、これまでイネを用いてAM菌との共生応答の開始のメカニズムに関して研究を行ってきました。これまでの研究から、イネにおいてLysM※5型受容体キナーゼであるOsCERK1※6がAM共生において重要な役割を果たしていることが明らかになりました(Miyata et al., 2014)。しかしOsCERK1は、真菌類(カビ)の細胞壁に特徴的な分子であるキチン※7により誘導される防御応答においても必須な受容体であることから、OsCERK1は共生応答と防御応答という真逆な反応において、中心的な役割を果たす受容体であることが示されました。しかし、OsCERK1がどのように相反する応答を切り替えているのかに関しては、明らかになっていませんでした。これまでの研究から、防御応答を起動する際にはOsCERK1がCEBiP※8と複合体を形成することが示されていましたが、cebip欠損変異体において、AM共生に影響は見られませんでした。このことから、OsCERK1は複合体を形成する受容体が変わることにより、共生応答と防御応答の切り替えを行っているのではないかと推測しています。しかし、OsCERK1と共に菌根菌共生の誘導に関わると考えられる受容体は見つかっていませんでした。
AM菌共生は、マメ科植物などで見られる根粒菌共生※9のもとになったと考えられており、いくつかの遺伝子はマメ科植物においてAM菌共生と根粒菌共生の両方で働いていることが示されています。SYMRKもその一つであり、欠損変異体では根粒菌共生と菌根菌共生の両方に影響があることが知られています。この知見から、イネにおいてもSYMRKがAM菌共生の起動に関与するのではないかと推測しましたが、マメ科植物以外でSYMRKのオルソログのAM共生における機能はこれまで報告されていませでした。
そこで、イネがもつSYMRKオルソログであるOsSYMRKに着目し、ミヤコグサとの構造の違いを解析しました。OsSYMRKは、マメ科植物のSYMRKが持つアミノ末端にあるMalectin like domain(MLD)と呼ばれる大きな構造が抜け落ちていることが報告されています。この欠損に関して、SYMRKは段階的にドメインを獲得し、最終的にマメ科の根粒菌共生の獲得に至ったと考えられていました。しかし、様々な植物が持つSYMRK配列を比較したところ、コケ植物やシダ植物など、多くの植物のSYMRKはMLDが保存されており、MLDの欠損はツユクサ類に特異的であるということが本研究により見出されました。
さらに、OsSYMRKの菌根菌共生における機能を解析するため、ゲノム編集技術を用いて変異体を作出し、表現型の解析を行いました。その結果、Ossymrk欠損変異体では菌根菌共生がほぼ消失し、共生応答時に見られるの遺伝子の発現が誘導されないことを明らかにしました。また、共生応答の下流であると考えられている核周辺のCa2+イオンの周期変動(Ca2+スパイキング)に関しても評価を行ったところ、イネにおいて菌根菌共生のシグナルである可能性が示されているキチンの4量体に対して、Ossymrk欠損変異体では応答が引き起こされないことを示しました。また、Ossymrk変異体では、キチン7量体を処理した際の防御応答は正常に起こることから、OsSYMRKは菌根菌共生に特異的に機能しており、防御応答には関与しないことが示されました。さらに、BiFC法※10でOsCERK1とOsSYMRK同士の結合する可能性も示されていることから、OsCERK1の機能を防御応答から共生応答に切り替えるにあたり、OsSYMRKが重要な役割を果たしている可能性が示唆されました。
本研究から得られた知見は、マメ科植物に限らず、イネを始めとする幅広い範囲の植物においてAM菌共生の開始にSYMRKが関わる可能性を示唆するものであり、今後菌根菌共生の開始メカニズムを理解するにおいて、大変重要な成果と考えられます。これからさらに。AM菌共生のメカニズムを解明することにより、共生菌の農業利用や、宿主植物の光合成量の増加による地球温暖化対策への技術開発などにおいて、本研究成果が役に立つと期待されます。
本研究成果は、2023年4月17日付でPlant Cell Physiol.誌に掲載され、Research highlightに選ばれました
【研究内容の問い合わせ先】
明治大学農学部生命科学科教授
賀来華江
電話:044-934-7805
e-mail: kaku@meiji.ac.jp
明治大学農学部生命科学科 客員研究員
(現職)東洋大学生命科学部応用生物科学科助教
宮田佳奈
電話:0276-82-9013
e-mail: miyata088@toyo.jp
【研究担当者】
明治大学 大学院 農学研究科 生命科学専攻
大学院生 細谷 萌恵(共同筆頭著者)
同 大学院生 蒋 文迪
同 学部学生 高岡 瞭
同 学部学生 松本 虎太郎
同 学部学生 阿部 紗月
関西学院大学 生命環境学部 生物科学科
(現職)教授 武田直也
助教 赤松明
【発表論文】
OsSYMRK Plays an Essential Role in AM Symbiosis in Rice (Oryza sativa), Miyata K., Hosotani M., Akamatsu A., Takeda N, Jiang W., Sugiyama T., Takaoka R., Matsumoto K., Abe S., Shibuya N., Kaku H. Plant Cell Physiol., Vol. 64 Issue 4, p378-391, 2023
https://doi.org/10.1093/pcp/pcad006
【PCP Research highlight】
https://academic.oup.com/pcp/pages/research-highlights-2023-04
【用語説明】
※1 AM菌根菌
AMはArbuscular mycorrhizaの略。主にグロモス類から構成される。共生関係が成立すると樹枝状体と呼ばれる特殊な構造を形成し、宿主植物と菌根菌の間で栄養交換を行う。菌根菌は土壌中からリン酸を始めとする無機栄養を集め宿主植物に提供し、その代わりに宿主植物が光合成によって獲得した炭素源を菌根菌に受け渡すことで、相利共生の関係を築いている。陸上植物の70%以上と共生関係を築く。
※2 LRRドメイン
LRRはLeucine-Rich Repeats の略で、一般的にタンパク質間相互作用に関わる特徴的な構造を示すアミノ酸配列。
※3 受容体キナーゼ
情報伝達に関わる受容体の一種で、シグナルとなる分子と結合する部分とタンパク質をリン酸化する酵素(キナーゼ)の部分をもつ。通常、この2つの構造は細胞膜を隔てて外側と内側に位置している。
※4 SYMRK
symbiosis receptor kinase (SYMRK)の略で、ミヤコグサにおいて根粒菌共生と菌根菌共生に機能することが知られているLRRドメインを持つキナーゼ。タルウマゴヤシのオルソログはDMI2と呼ばれる。イネが持つSYMRKはOsSYMRKと呼ばれ、今回の研究で機能解析がなされた。
※5 LysMドメイン
多糖分解酵素などに見られる特徴的な構造の一つで、ペプチドグリカン(細菌の細胞壁成分の一つでキチンとよく似た多糖を骨格とする高分子)、キチンおよびβ-グルカンなどと結合することが知られているアミノ酸配列。
※6 OsCERK1
イネ(Oryza sativa)が持つChitin Elicitor Receptor Kinaseの略。LysMドメイン※7を持ち、キチンに対する防御応答に必須な分子であることが分かっている。
※7 キチン
N-アセチルグルコサミンがβ-1,4結合した多糖。真菌類の細胞壁の主要な構成多糖の一つである。エビやカニ、昆虫等の殻の主要成分でもある。
※8 CEBiP
Chitin Elicitor Binding Proteinの略。本研究グループによって発見されたイネのキチン受容体分子で、細胞表層でキチン断片(キチンオリゴ糖)に特異的に結合し、防御応答誘導の引き金を引くと考えられている。
※9 根粒菌共生
主にマメ科植物特異的にみられる、Rhizobium属のバクテリアとの共生関係を指す。根粒菌は窒素を固定してアンモニアを宿主植物に提供し、代わりに宿主植物から炭化水素を得る。また、根粒菌共生は、AM菌共生を基にして獲得されたと考えられており、いくつかの遺伝子は、根粒菌共生とAM菌共生に共通して必要であることが分かっている。